第四章 残された時と人の中で
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 まだ世界各国で2度目の挑戦を行おうとしているのに、すでに薄情な
連中は避難の準備を推し進めていた。既に世界の数十箇所にシェルターが
作られているという。

 そしてそこに入れるのは「選ばれし者」のみである。
 選ばれし者と一口に言っても、その選別の方法は、少なくともこの日本と
いう国では少々歪んでいた。
 男女20万人の、知性あふれ健全で美しい(宇宙飛行士にでもなれそうな)
エリートの選別は既に終わっていた。

 では彼らが隕石衝突後の未来を担うのかというと、そういうわけでもなく
実に厄介な連中がすでに巣食っていた。
 この地下数百メートルの分厚い岩盤の中の巨大ドーム、テラスクウェアの
住人は彼らだけではないのだ。

 そして住人にすらなれない人間たちも、存在した。

 最下層の労働者、いや奴隷といっても過言ではない
 彼らの異名は「モーロッカー」。
 彼らは犯罪経験や多額の負債などの肩代わりに地下で強制労働を行わされる
こととなっていたが、通常では想像できないような洗脳と薬物投与により、
既にまともな思考をもっていない存在だった。
 与えられた命令に従うロボット。
 
 しかも彼らは隕石衝突前に「追い出される」ことが決まっている。
 
 代わりに入植するのが旧世界の支配者とでも言おうか、金でドームに
入植する権利を得た老人たちである。
 豪華な物品を大量に持ち込むだけでは飽き足らず、一部の老人は
何十人もの美女、美少女も持ち込んでいた。
 彼女たちの表情は、その美貌を翳らせるほど暗く落ち込んだものだった。
 
 無理もない。
 
 どのような形であれ生き残ってもらいたいという気持ち。
 その気持ちに付け込む最低な連中。要は慰み者である。
 「○極2号」で満足したらどうだ、という突っ込みを入れることは一条には
残念だが出来そうになかった。武宮なら正直やりかねないが、そんなこと
言い出したら確実に全面衝突だ。考えるだけでも頭が痛い。

 彼らは「まだ」この日本に対する権力も保持している。
 この中で何を起こそうが、もみ消すだけの実力を有している。
 情報を集めるだけの自分の非力さに、一条は怒りを隠せなかった。

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 結論から言ってクビだった。工場長はその方が良い、というが何だか微妙に
納得できかねる。明日からとりあえずどうすればいいのだろうか?

  自衛官→ニート→工員→いまここ

 仕事をしている分ニートよりはマシだったが、今年でもうすぐニートから
クラスアップして無職だ。いくらなんでも無職は酷い。
 かといっていきなり明日からいきなり自衛隊に行くなんてことはまず
ないだろう。そのはずだ。そんなことを思っていたときに、チャイムが鳴った。
「?はい!こんな時間に?」
 まずは大声で呼び止める。ドアを開けると初老の郵便局の人がいた。
「…石原さん…ですよね?…これ…ネタかなんか分からないですが、一応
郵便物なんで配達させてもらいます」

 石原が見たそれは、真っ赤な色をした古めかしい手紙だった。
 具体的に言うと、赤紙だった…召集令状だ。
 
 俺は一銭五厘か、と軽く呟く。
 
 …一銭五厘どころかこともあろうにご丁寧に着払いだった。150円。
「旧軍ですらそこまでやらねぇよ!俺は一銭五厘以下か!」
 思わず叫ぶ。正直、ブチ切れた。
「払いません」
 石原は哀れな郵便局のおじさんに告げた。
「え。」
「請求は市ヶ谷の武宮宛でお願いします」
それは困るなぁ…
「…配達元の住所は控えられているはずです」
「確かにこの嫌がらせは酷い、けどなぁ…」
「わかりました。支払いはしますが、その代わりヤツから料金取ったら
 返金してください。お願いします」
「…あなたたちどういう関係ですか?」
「元上司と部下ですが?」
「…やれやれ…酷い話もあったもんだ…」

 困惑する郵便局の配達の人。彼に罪はない。そして石原にも多分罪はない。
こんなことをやるのはおそらく市ヶ谷のあのおっさんに違いない。間違いない。
 石原はそう確信していた。
 嫌がらせにも程がある。用があるならくればいいのに。
 
 散々部屋でエ○ゲやら同人誌やら読み漁ってるんだ、レンタル料とっても
罰は当たらない気がしてきた。

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 井川茂は闇の中で「気がついた」。
 ここは…どこだ?
 
 氷河期時代にあってまともな就職が出来なかった茂にとって、起死回生の
チャンスとも思えたドーム建設会社への就職。
 最初の方は日本の一部の人間とはいえ人助けを行えること、借金の返済
猶予などさまざまな条件に惹かれる部分があった。仲間とともにドームを増築し、
プラントを形成し、そこで収穫の喜びを感じ取り…人間らしい暮らしを実感した
 …そこからの記憶がない。
 
 周囲の人間の表情を見る。おかしい。まるで意志がないかのようだ。
 
「おい阿部!阿部!」
 隣にいた阿部の顔をはたく。へんじがない。まるで屍のようだ。
「木村さん!栗原!みんなどうしたんだよ!」

「う…井川?」
「矢野さん!」
 よく2人で作業していた矢野が眼を覚ました。
「井川、これ…みんな死んでるのか?」
「いえ、一応生きてはいるみたいですが…」
「…嫌な予感がする。それも半端なく嫌な予感だ」
 矢野は感も頭も良い男で、ドーム建築の際も何度もみんなを助けてきている。
 井川にとってもその言葉はあまりいいものではないが、その言葉に従わないと
「…それって、俺らが死ぬ可能性もあるってことですか」
「ああ」
 
 井川は周囲の人間を救いたかった。しかし…
「井川」
「はい…」
「今すぐここから逃げ出そう!」
「え、みんなは?」
「…催眠導入剤か何かを投与されているみたいだ。無論俺らも」
「つまり…」
「おそらくまともには動けない。それでも俺達だけでも逃げる!」
「…矢野さん…」
「すまない、井川。でも俺達以外はおそらく消されるだろう。このドーム建設…
 どう考えても普通じゃない。」
「…」
 井川には言葉も出ない。しかし、憤りは隠せない。

「井川、ここの全ての人なんて救えやしない。でも俺達がもしこの情報を
 地上に持ち帰ってみろ。これは一大スキャンダルになるはずだ」
「え、ということは」
「そうだ、俺達が生きることそのものが、みんなを救う可能性につながる!」
「…矢野さん…」
「問題は、俺達は服以外の何も所持していないことと、脱出口がないことだな」
「…うーん、部屋に普通に入り口はあるでしょうけど、鍵はないか…」
「後はべただが排気ダクトだな。こういうドームなら排気のための設備くらい
 おそらく用意しているはずだ」
「矢野さん、排気ダクト天井ですよ」
「困ったな…」

 とりあえず矢野と井川は何か台になるものを探した。
 そのときだ。ドアノブが開いた。
「くそっ!井川!今すぐ寝ているフリだ!」
「矢野さん!」
 二人はその場で寝たフリを演じる。
 矢野はふと井川を見た。多分みんなを起こして回って疲れたのだろう、完全に
寝ている。…アレなら気づかれなくていいな、と思った。
 今度は俺が井川を起こす番だ、そう思うと少しだけ苦笑した。

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 翌日、1年ぶりに制服を着込んだ石原がいた。
 そこには昨日までのニートはいなかった。書いてあった内容そのものは
すでに把握している。しかし、いざ本番となると覚悟を決めるのに時間が
かかった。覚悟を決めるまでに、実に1年半以上。
 だが最低位とはいえ尉官クラスの扱いを受けるとは思わなかった。 
 新調された服。馬子にも衣装とは言うものの、元々着ていた人間が着るのと
素人のコスプレでは全く意味が違うだろう。
 案内に従い、部屋に入る。

 薄暗がりの部屋の中で初老の、だが精悍な顔つきの男が呟く。
「来たな…日本人でありながら砲撃戦を経験した猛者が」
「ただの猛者ではありません。先日も元力士含め4人を叩きのめしました」
 薄暗がりの部屋の中を真っ直ぐ進む。

「元陸上自衛隊第6師団砲撃科所属、石原貫之準陸尉であります!」
 直立して敬礼。その声は凛としていた。
 数年のブランクを感じさせない石原に、初老の男は何かを感ずる。

「はじめまして、だな。私は陸上自衛隊幕僚本部、今村仁陸将補」
「…陸将補…武宮さん…この方は…?」
「聞いてのとおりだ。そして…お前を招集したのもこの方だ」
「え、ということは…」
「…石原ぁ…150円も払えない窮状なのか?え?」
「あの赤紙…よもや、貴方が?」
 もうお互い話を聞いていない。今村は呟く。
「しかし剛の者もいたものだ。着払いを上官に押し付けるとは。在野に
 おいておくにはもったいないな」
 今村は不敵に笑う。
「…石原、お前ものすごい誤解を受けているぞ」
「武宮さん、こういう場合どう答えればいいのでしょうか?」
 先ほどの精悍さはどこへやら、おろおろし始める石原。
 
 薄暗がりの中、今村の鋭い声がする。
「うろたえるな!!」
「はっ!!」
 二人とも一瞬で直立する。
 
「金がないとか着払いとかどうでもいい。そして本来なら予備自衛官で
 すらない人間を呼ぶ…その覚悟のための赤紙だ…限りなく本物に
 近づけて作成した、何故か分かるかね?」
 一瞬だけ無駄なことをと思ったが、着払いを武宮に押し付けた石原に
それをいう資格はないと思った。そして、気づいた。
 石原が口を開く。
「それが、あなたの覚悟ですね」
「…察しが良いな。民間人を徴収するということはどういうことか想像が
 つくと思う。我々に限らず、世界のパワーバランスは壊滅的になりつつ
 ある。中国では既に連鎖的な暴動を軍が抑えきれなくなりはじめている。
 アフリカの数カ国でもだ。他国が混乱に際して侵攻する可能性もある」
 
 今村は急に横を向いて、柔和な、去れど悲しみを込めた表情で虚空を
見つめる。ゆっくりと口を開く。

「残り2回の方向修正に失敗したら、間違いなく世界は破滅に向かう。
 そして一部の選ばれた人間以外は地上に放り出される。何の対策も
 用意されずに。まるで裸で生まれてきた赤ん坊のようなものだ。
『赤ん坊がなぜ泣くか知っているか?何も持たずに生まれてこの世界に
 放り出されたことを知っているから、絶望の涙を流すのだ』

「リア王…ですか?」
 石原が慎重に聞く。
 
「そうだな。だが、全てに絶望し何もなくなったと思っているのは誰だ?」
「それは…我々全員じゃないですか?今村さん…」
 珍しく武宮が否定的な意見を言う。
「あの戦略は既に用意されている。あとは、妨害をする人間を出来る限り
 早く隔離する方法が必要だな…」
 
「…戦略?隔離?一体…今村陸将補!貴方は何をなそうとしているんですか!」
 思わず叫ぶ石原。
「どうせなら、みんなで助かる方法を考えよう、としている」
「でもそんな方法…まさかアレを本気でやろうというのですか!?」
 石原が手垢がつくほど呼んだあの夢物語。悪夢の現実化。 
「アレ以外に手があるとでも?」
「…それにしたって予算は?いくらかかるか概算だけは自分も見ました!」
「あぁ、それか。幸いマルス5のロールアウトは確定している。量産も
 完全に可能となっている。残るは爆弾のみだ。何か問題は?」
 今村はまるで電化製品かなんかを買うかのような感覚で発言する。

「どこからその金を…あんたまさか?」
「私じゃない。前総理だよ。『いねー連中の金使って何が悪い?』ってな。
 『逃げた汚ネズミやらドバトどもの汚い金を地球を救う浄財に当てる』とな」
「うっわそこまでやるんだあのおっさん」
「えぇっと…」
「たった1000兆だ。世界中のシェルターに逃げ込んだ金持ちの資産から
 したら半分ってところになるな」
「え、つまり…」
「トータルの予算は2000兆を計上している。しかしまだ200兆はその会計から
 持ってくることが残念ながら不可能だった」
「…ひでぇ計画もあったもんだ…」
 思わずシェルターの中の人たちに同情する武宮。史上希に見る強奪作戦。
 石原は呆然としている。感覚がおかしくなる。
 ていうかこの今村にしろ、前総理にしろ「狂っている」。感覚が何かおかしい。
 何があったにせよ、それは元々法的にはその持っていた彼らの金である。
 
「…今村陸将補!」
 思わず石原は叫んだ。
「何かな?」
「…その予算案、正気で作っておられるのですか!」
「石原!」
「待て武宮」
「ほぼ詐欺じゃないですか!いや、詐欺どころじゃない!完全な横領だ!こんな
 方法までしなければ人類は救えないのですか!」
 心からの叫びである。
 
「救えない」
「…つまり、自分に犯罪者になれと」
「そうだ」
「罪を犯してまで生きて、何をしたいのですか!」
「人類の救済だ」
「たかが横領だぞ石原。それで救えるのなら安いもんだ」
「たかがって!アメリカの国家予算の数年分ですよ!」
「人類が罪を犯すのではない、石原。我々が犯罪者になるだけだ」
「いざとなったら、最悪石原、お前は知らなかったで通せ。それで多少は罪が
 軽くなるだろ」
 武宮の相変わらずの口調、今村の落ち着いた口調。それに対し一人頑張って
いる自分。もう、何が正しいのか分からない。カルト宗教の入門式かここは。

「それも嫌です!だったら堂々と犯罪者になります」
「…堂々とした犯罪者ってすごいな。今村さん、こういう奴なんですこいつ」
「気に入った。流石武宮の子飼いだけあってむちゃくちゃだ。おまけに馬鹿だ」
 今村は薄暗がりの中で微笑む。
 ちょっとカチンときたが、もう反論にも疲れてきた石原。
「だがここまで純粋馬鹿だと、一周回ってかっこいいかも知れないな」
「石原。もう少し楽に生きようぜ」
「…楽に、ですか…」

「俺達はお前を拒んでるわけじゃない。むしろ歓迎している」
「私が唯一送った赤紙だ。それだけの覚悟を私もしている、そして一つだけ確実に
 いえることがある」
 今村がまた表情を険しくした。
「はい」
「どこかという場所は違えども、隕石落着で死ぬときは確実に同じ日だ」
「…ではお二人は…」
「あんなうっとおしいトコ入りたくもないですよね、陸将補」
 相変わらずの軽口の武宮。
「全くだ。死ぬ時は地上の畳の上に限る」
「…わかりました。私も覚悟をともにします」
「それじゃ困るんだ石原」
「ほへ?」
「ちょっとだけお前に時間をやる。死ぬ気があるのは良い。だが死にたくなったら
 その気になりゃいつでも死ねる。死ぬ可能性を覚悟して、なお生きる道を探す
 それをやってほしいんだお前にも」
「我々は死ぬ気はないぞ。生きて『犯罪者』にならないとな」
 今村の余裕の笑み、武宮の発言。その重み。石原にはまだ理解できていない。
 
「しかし今村陸将補、問題がないわけじゃないような」
「そうだ、世界規模計画を妨害する者たちの速やかなる排除、これが重要だ」
 今村は手を前に組んだ。そしてサングラスをかける。
「その仕事は我々がやる。君には宇宙船で接近して核による強襲をかけてもらう
 こととなる。そのためにJAXAにひとまず出向してもらい、選抜対象に選ばれて
 もらう。だが、おそらくここで落ちることはあるまい」
「もう話しちまってもいい時期ですよね、今村さん」
「ああ」
「既に『優秀』な連中はプロジェクトSeedのプラントの中だ」
「よって、日本国内の選別でおそらく君以外で残るのは少数のはずだ」
「…出来レース、ですか?」
 石原は不満を顔の前面に出した。アンフェアが大嫌いな男なのだ。
 
「とんでもない。NASAでの二次選考もおそらくそのような感じだ」
「我々には最早手駒がないのだ」
「…どういうことですが?」
「アメリカも同様、ARKという殖民プラントに100万人を送り込んでいる。
 もちろん選ばれし優秀な男女をだ。つまり本来なら宇宙船に乗れる
 ような適性のある人間はほぼ『この地上』には居ないということだ」
「…石原、宇宙飛行士の適正だが、多分お前は非常に高いよ。そして砲戦能力、
 これに至ってはもはや人間の領域とよべねぇ。つまるところ、俺らからは
 お前というカードを今出すしかないんだ」
「…手駒の次はカードですか。俺はモノですか」
「まぁそう腐るな、石原」
 きわめてまじめな顔のまま、今村は淡々と
 
「ああ。ちょっとくらい腐ってていいのは美少女に限る

 さらっととんでもない暴言を吐いた。武宮と石原はしばらく言葉が出なかった。
「…武宮さん、この人って…」
 武宮は力なく頷くしかなかった。

「うろたえるな!!」
 またも力強い今村の激。
「うろたえるわ!」
 二人が同時に突っ込んだのは初めてじゃないかと石原は思った。
「まったく、この程度のことでうろたえているようでは先が思いやられる」
「いやそれはないと思う」
 武宮が反射的に突っ込み返した。
 石原はうろたえているわけではなく、もうあきれて言葉が出なかった。

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